【術後200日】独身女性のためのマンション購入講座の衝撃

私は医師になって最初の5-6年は本当に休みなしで働いていました。

そりゃもう、朝から晩まで。白衣orパジャマの生活です。年末年始もGWも休まず、有給の取り方も知らない。ゆうきゅう?何それ美味しいの?って感じ。週に3日も4日も当直や代勤(上の先生が出来なくなった当直の身代わり)をしまくって、家には寝に帰るだけ、朝昼晩3食病院で食べてました(ゴルフにハマるのはずっと後)。体力には自信があったし、どこでも寝られたので全然平気でした。
そんな生活をしていたので、経験と、先輩医師やNs達からの(こいつはいつ呼んでも院内にいるな、という)信頼と、お金だけがどんどん貯まっていたのです。ふと気づくと銀行口座にそこそこまとまったお金。


・・・その時、私は思ったのです。「まずい!こんなろくな社会経験を積んでいない人間が中途半端にお金を持っていると悪い人に騙し取られるに決まっている。詐欺師とか、ホストとか(ホスクラに行ったことないけど)、宗教とか・・。お金を簡単に取られないような形に換えておかなければ」!
何を買う?・・洋服は着る機会がないし興味もない。食事は3食病院。衣食住の中で充実させるとすれば住居です。せめてたまに帰る家くらいは充実させよう!って。ナイスアイディア!・・という至極まっとうな動機でマンション購入計画の発動です。

なーんにもわからないので、まずは研究です。その頃はまだインターネットもそれほど充実していなかったので、まずは主要駅にはほとんど置いてあった(今もあるのか?)不動産界のJJと言われる「住宅情報」という雑誌を何冊か持って帰り、色々情報収集を始めました。その頃、独身女性がマンションを買う流れというか流行りがあったので、オトメ心をくすぐる素敵な写真も満載です。そんな物件の場所や間取り、設備の写真やイラストを見るのもうきうきと楽しいけれど、心配なのはおぜぜ。そう、ローンです。
医学ばっかり勉強していた私は、生まれて初めてお金の勉強に手を付けたのです。変動金利とか繰り上げ返済とか、ローン控除とか、確定申告とか、利息とか、フラット35とか・・初めて聞く言葉たち。そんな独学での勉強をしている私の目に、あるページに載っていたJJ主催の「独身女性のためのマンション購入講座」のお知らせが止まります。
参加料は無料で場所はなんと銀座!平日の夜!お土産付き!
第一部は資金(ローン)について、第二部は物件の説明(鉄骨と鉄筋の違いとか、防音設備とか)・・面白そうじゃない?しかも、場所はあの銀座。きっとソバージュ(死語)の髪をきゅっとまとめて開いた白シャツの襟からプラチナのネックレスをのぞかせ、パンツスーツにハイヒールで闊歩しながら真っ赤なルージュに合わせた赤いネイルでノートPCを操る今井美樹風のバリキャリ(死語)達が湾岸のオシャンティタワーマンションを買うために集うに違いないっ!私も服はダサいし爪は短いし髪はボサボサだけど年収と貯蓄額だけはバリキャリと遜色ない・・・はず。
さあ!いざゆかん、銀座の地へ!

・・・と満を持して(精一杯のバリキャリ風の服着て)参加したわけです。
会場(広い会場に長机が沢山並んでいた)には女性ばかり100人以上。いや~、びっくりしたね。今井美樹、ゼロ。割合としては半数以上がオタク女子(太い三つ編みして、あられちゃん眼鏡に猫耳つけて屋内でもダッフルコートを着込んで両手を長袖の中でグーにして”うにゃ?”とか”ほえ?”とか”せっしゃは”とか”ござる”とか言って首かしけてそうな)、残りの1/4は白髪交じりの髪をひっつめにして膝下スカートにグレーのローヒールパンプス、銀縁眼鏡の御局意地悪師長さんタイプ、残りの1/4はクラブのママさん&パパからもらったお手当をちゃっかり貯金して購入資金に充ててるであろう夜の蝶(偏見の塊)・・・・え?私、浮きまくり?って感じ。残りの半分はともかく、なぜオタク女子達が・・?などとと怪訝に思いながら席に着く。

最初に用紙と数字が書いてある表が配られて、一番上に年収を記入。
「ボーナスはあるか?」「買いたい物件は50m2以内か?」「月にいくらまでローンの支払いに充てられるか?」・・などの質問に、表をみながら記入していくと、最後に「あなたが借りられる金額は〇〇万円です」という値を算出できるフローチャート。
まあ、事前に色々勉強もしていた私はふむふむ、と思いながらさくっと記入。時間が結構余っちゃったのでヒマになり、周りの人の記入する様子をキョロキョロ何とはなしに見ると、一番上の年収の欄に「190万円」とか「250万円」という数字。・・・「え?月給手取り15万あるかどうか?・・それでマンションって買える?・・のか。ローン申請通るのかなあ?きっと実家暮らしでお金かからなくて頭金はあるんだろう・・な?」

さて、いよいよ女性FP(ファイナンシャルプランナー)さんによる講演です。ローン返済は最初のうちは利息分を払うので元本はあまり減らないんですよ、とかそんな話を聞いていて一段落ついたところで司会のお姉さんが「ここで質問を受け付けまーす!ご遠慮なさらずに何でも聞いてくださいね~」と華やかな声で会場に呼びかけます。そこで斜め前の女性が「ふぁ~い」とアニメ声で手を挙げます。指名された彼女の驚きの質問は

「500万円借りられる、ってことは、500万円もらえる、ということですよね?」

私とアナウンサーさんと女性FPさんだけが、ガーン!!と顎が外れるほど驚く中、会場のあちこちでオタク女子達がうんうんとうなずいています。「そう、そこ確認したかった!」って感じ。

FPさんが恐る恐る「あのぉ・・・借りるってことは文字通り、”借りる”ということです。ローン、というのはみなさんが銀行からマンションを買うお金を借りて、何十年もかけてそのお金を利子をつけて銀行に返していくということなんですよ・・・」と伝えると、ザワザワする会場。「えー?じゃあ無理じゃん」「もらえるんじゃないの?」「なんかおかしいと思った・・」中には席を蹴って帰っちゃうオタク女子も。どうもその「界隈」でそういう(マンションを買うと何百万円も借りられる=もらえる という)噂が広まっていた模様。

そりゃ年収190万円でマンション買えると思うはずだよ!
・・・・そこからFPさんのお話のグレードがグンっと下がって「ローンとは借金である」「頭金をたくさん準備しないとローンの額が多くなる=利息が多くなるから大変よ♡」などの話になったのは言うまでもありません。日本の金融リテラシー、極まれり。

この時、私は「この”マンションを契約さえすれば何百万円、何千万円タダでもらえるらしいよ”という噂を”信じちゃう”ような人たちを、詐欺でだますのはさぞかし簡単だろうな・・」と思ったわけで。その誤解をうまく利用して、そこをやんわり訂正しないで美味しい話のように誘導すればいいんですもんね。そんなうまい話、どこをどう考えたってあるわけないじゃーん!という話もあっさり信じちゃう・・人たちが一定数いるのかぁって。
それにしてもあの人、よく勇気を出して質問したよ。偉いよ。そしてここに来た人たちは、(恐らくだけど)うっすら不安だったから出席したんでしょう。そしてとんでもない誤解を訂正する事ができて良かった。うん。良かったよ・・(そのお陰で私が聞きたいレベルの話は聞けなくなっちゃったけど)

でもまあ、今回はお金の話だったけど、自分がよくわかっていないことは(私だって世間知らずだから)、他人からしたらびっくりするような思い込みをしている可能性があるよな、自分なりに解釈してわかったつもりにならないでこうやってちゃんとプロの話を聞いたり、勉強会に出て情報収集したり確認する事って大事だな・・とお土産(ハンドソープとプチクッキー、大量のマンションのパンフレット)を抱え、似合わないエセバリキャリ風コスプレをした私はしみじみと冬のネオン輝く銀座の夜の街をてくてく歩いて帰ったのでした。

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